「行動」から「考動」へ。そしてその一歩先へ。

先日帯広で出会った若者がおもしろいことをフェイスブックのコメントでくれたんだな。 >(可視化は)有ると無いとで、  (衝動性による)行動が(視覚情報から移る)考動に変わるのかなって   感じ始めたこの頃です おお。この言葉おもしろい。 特別支援に真剣に携わっている彼だからこそ出てくる言葉かもしれないなぁと。 「行動」と「考動」 同じ読み方でもその質って違うよね。 …

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学び合いにおいて「教師の語り」と「教師の観測」を手放すためには

「思う」から「感じる」へ。 その階段を上がっていくためには可視化が必要不可欠だと思うんだ。 見えないものを感じられるようにする。 それがこれから自分が追い求めていきたいテーマなんだ。 「思う」から「感じる」へ 「感じる」から「感じ合う」へ 「感じ合う」から「分かち合う」へ 「分かち合う」から「感謝し合う」へ 「こうなりたいな」は思うこと。 「自分はこうなりつ…

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「当事者意識」が可視化される場を

「当事者意識」が人を育てる。 これは前からずっと考えていたことなんだけど、どうすれば当事者意識をもてるのかがイマイチわからなかったんだよね。 自由に学べる環境があれば、「当事者意識」を育てられるのかな?なんて考えて試行錯誤した時期もあったけど、それはかなり怪しいなぁと。 自由に学んでいても、「当事者意識」がないことなんて普通にある。 「当事者意識がある子」っていうのは、ぐんぐん伸…

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学校教育において「改革者」がなぜ理解されにくいのか?

「似ていないこと」を強みにする世界へ。 それが大前提になれば、この世界はもっとおもしろくなるにちがいない。 そんなことを最近強く感じているところなんだ。 今までの自分は、 「似ている人」=「わかってくれる人」=「気が合う人」=いい人(善) って思ってた。 だから自然に 「似ていない人」=「わかってくれない人」=「気が合わない人」=いやなやつ(悪) という思考に。 でも、…

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「モチモチの木」おもしろい!!

国語、最後の物語単元の話。 最後の物語は「モチモチの木」 この作品。すごく好きなんだよなぁ。 豆太の心情にあらゆる部分から斬り込んで、最終的に子どもたちと考えたのは 「主題」だ。 この主題をみんなで考えたら、いやいや出ること出ること。 同じ作品を読んでいても、感じ取ることが全然違う。 これが国語のおもしろさだなぁと。 子どもたちの主題。 どれもうならされるものばかり…

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