「語り」自体を削ぎ落としていくということ

語り続けて気づいたこと。 語りには段階がある。 教師自身が「できない」から「語らない」               ↓ 教師自身が「できない」けれど「語る」                ↓ 教師自身が「できる」から「語る」                ↓ 教師自身が「できる」けれど「語らない」 これが 「教師の語り」が力を帯びながら削ぎ落とされていく過程…

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成長を生む教師と子どもの関係性

先生に何でも言える。 しかし、先生の話を聞こうと思える。 この関係こそ教師と子どもの目指すべき関係なのかもしれない。 「それはおかしい。 ぼくはこう思う。」 教師にそれをはっきりと伝えられるということ。 それは、 「教師がその言葉にしっかりと耳を傾けてくれる」 と子どもが思っている証拠だろう。 成長を生む「教師と子どもの関係」について考えている。 …

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「姿」そのものに目を向けるってこと

「ねえ。これ見て。」 子どもたちに言われる場面はたくさんある。 「ここをこうしてね。こうなってね…」 一生懸命子どもたちが説明している時に何を見つめているか? ダメ出しをしてしてしまう心理。 それは指さすものを見つめてしまうから。 「ねえねえ。これみて。」 そう言われた時、その子が指差す先のものだけをみてしまう。 その子が作った作品。 その子が書いたノート。 …

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みんな「自分が正しい」と思ってる

前回の記事の続き。 「偏った正しさを押し付けない」ためにはどうすればいいの? っていうこと。 これってすごく難しい。 だって、この世は 「正しさ」と「正しさ」のぶつかり合いだから。 「善意」と「善意」せめぎ合いだから。 「正しさ」を追い求めると苦しくなる。 だって「正しさ」は人の数だけあるものだから。 「◯◯のために」 っていう言葉って正義の味方が身に…

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「偏った正しさ」を押し付けないこと

「学びから逃げる子」 勉強が大嫌い。 鉛筆ももちたくない。 机につっぷして何も聞こうとしない。 そういう子はどの教室にもいる。 自分は今までそういう行動を「だめなもの」と捉えてきた。 しかし、実際は違うんじゃないかな? 最近そんな風に感じるようになってきた。 勉強をしない。 学びに向き合おうとしない。 そういう子って実は 「誰よりも大変な…

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