それは「願い」か?「叱責」か?

うちの学校は家庭訪問がないので、今の時期に個人懇談中。
「面談で保護者にいってやらないと!」
そんな言葉をたまに聞くんだけど、それってゴールがずれているんだよね。
言ってやることをゴールにすると
「◯◯くんがこんなことをして困っています」(だからおうちで指導してください)
ってニュアンスがこもるのさ。
これはどうみても「あなたメッセージ」なのよね。
保護者に本当に伝えたいこと。
それはいいつけることじゃなくて
「この子にこんな力をつけたい」ってことでしょ?
そうすると、言葉が変わってくるよね。
「◯◯くんがこんなことをしました。」の後に来る言葉。
それは 「だから◯◯くんにはこんな力をつけたいんですよ」
という言葉。
この子に力をつけてあげたい。
この言葉を聞いて目くじらをたてる親なんていないのよ。
これは、若い先生だろうとベテランだろうと同じこと。
面談を「告げ口する場」から「願いを共有する場」へ。
若いから言えないんじゃないのさ。
願いがないから言えないのさ。
攻撃するから、攻撃される。
その場は勝ったように見えても、後で必ず反撃される。
「攻撃」は最大の防御なんてうそさ。
「願いの共有」こそ、最大の防御だ。
これは子どもたちに対して語る時も一緒。
「きみたちはこれがだめだ!」
じゃなくて
「きみたちにはこんな力をつけてほしい!そう願っているんだ」
って言葉を変えてみる。
それだけで子どもたちにしっかりと伝わる。
願いがかかっているか?
それともただの叱責か?
そういうのを人は敏感に感じ取ると思うんだ。

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