偽善者の授業

誰もが「表現したい」と思っている。 しかし 表現すること < 人の話を聞くこと と考える学校教育がその意欲を刈り取ってしまう。 授業の中に、表現している時間はどれぐらいか? 45分授業なら何分表現しているか? そこを考えることなく、授業改革などあり得ない。 「表現者」か? 「傍観者」か? この問いをもって授業を見つめれば、その授業の質が高いか低いかは…

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授業がつまらない・語りが伝わらない人って

ここ数年子どもたちを観察してきてわかったことがあります。 それは「今と目の前」にへばりついている子は、総じて能力が低い。 ということです。 逆を言えば「過去と現在と未来」を広く見渡せる子は能力が高い。 「今にへばりついている子」は過去のつながりを認識できません。 だから、今までの失敗も自分の糧にすることができないのです。 「目の前」にへばりついている子は、目の前にいる…

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算数の授業で10年ぶりに

算数の授業のこと。 今までは単元をぶち抜いて、いかに学びを深めていくかを考えていた。 でも、今年度2年生担任になって、その学びをいったん捨ててみた。 という話。 1時間に1課題。 もっとも基本の「1時間完結の学び合い学習」の実践をこの3ヶ月間淡々と積み重ねてきた。 実は単元をぶち抜かない学習展開をここまで続けるのは実に10年ぶり。 ここまで積み重ねてきて、いろいろ見えて…

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どんな授業をつくりたいのだろう?

これからの時代。 授業はどうあるべきか? どんな授業でも構わない。 一斉だろうが協同だろうが。派閥も組織も所属も。 そんなことはどうでもいい。 大切なのは、展開される授業に「広がり」と「深まり」があるかどうかだ。 「良い授業」とはどんな授業だろうか? それは間違いなく「子どもたちが成長する」授業だろう。 しかしこの「成長」という言葉。 追い求めれ…

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やってみるかみないかの線引きは「○○できるか」どうか。

なんか久しぶりに授業のことについて書きたくなったから。 「おもしろそう」とか「やってみたいな」と思う実践はたくさんある。 でも、それを実際にやってみるかどうかの明確な線引きが自分にはある。 それは「毎日できるか」ってこと。 続けられなきゃどんな実践も無意味だから。 今までたくさんのチャレンジをしてきた。 このブログにもたくさん書いてきたけど、今ではやっていない実践もたくさ…

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